大判例

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大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)603号 判決

控訴人

近藤一郎

外七名

代理人

道工隆三

外三名

被控訴人

関西電力株式会社

代理人

稲本隆助

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は各控訴人に対し金一七〇万〇、一八一円およびこれに対する昭和二五年一〇月七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人らの当審における新請求を棄却する。

訴訟費用中当審での新請求に要した費用は控訴人らの負担とし、その余の訴訟費用は第一、二審を通じて全部被控訴人の負担とする。

本判決第二項は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

〈前略〉

二本件火災の原因およびみぎ火災に対する被控訴人会社の責任

(一)  第三号柱と第四号柱間の高圧電線の切断以前に第三号柱の倒壊が可能であるかどうか、およびみぎ倒壊の場合に同柱の高圧電線の電流で本件納屋の火災を生ずることが可能であるかどうかについて

(1)  原、当審における鑑定人山村豊の各鑑定の結果、および同人の当審における鑑定証人としての供述によると、つぎのとおり認定することができ、この認定に反する証拠はない。

(イ) 風速毎秒一三ないし二〇メートルの状況下において、第三号柱が地際で折損した場合でも、三本の高圧電線は、第三号柱自体や第二号柱から第四号柱までの間の全部の電線の受ける風圧と折損した第三号柱の重さとを合せた力では、切断しないから、第二号柱および第四号柱が全く傾斜せず、且つ第二号柱ないし第四号柱間の電線の留線部分がはずれて電線がずれていないときには、第三号柱は第二号柱と第四号柱からの三条の高圧電線に吊り上げられて、約三〇度西方に傾くだけで、高圧電線が本件納屋の屋根に触れるまで傾斜することは不可能であること。

(ロ) しかしながら、風速毎秒一三ないし二〇メートルの状況下において第三号柱が折損した場合、第二号柱の立つている地面が第三号柱の立つている地面より0.805メートル低く、第二号柱が西南方向に約二〇度以上傾斜すれば、第三号柱は西方に倒壊可能となり、第三号柱が根元近くから折れて西方に倒れると、第三号柱の柱から0.65メートル西寄りの腕木上に架設された高圧電線は本件納屋の屋根に接触することが可能であること。

(ハ) 第三号柱と第四号柱間の高圧電線の一条または二条が切断することなく、したがつて高圧電流の流れている状態で、雨で濡れた本件納屋の屋根に接触し、その状態が数分以上継続すれば、みぎ接触部分附近が加熱されて著しく高温となり、屋根藁の水分が乾燥して遂に発火する可能性があること。

(ニ) このように高圧電線の一条または二条以上が濡れた屋根に接触しても、地面との間の短絡(ショート)または高圧電線相互間の短絡は、必ずしも急激多量に発生せず、場合によつては比較的緩漫少量に発生することもあり、殊に短絡を生じた場所が保安装置から遠隔の地である場合には、保安装置による電流の遮断は必ずしも確実に行なわれないこと。

(ホ) 第三号柱が暴風によつて倒壊して高圧電線が本件納屋の屋根に衝突しても、高圧電線は損傷を生じないこと。

(2)  本件の場合、以上理由一、で述べたところと二、(1)で述べたところを総合すると、本件火災発生直前の時点において、暴風雨のために、第二号柱は二〇度以上西南方に傾き、第三号柱は三条の高圧電線が切断しないままの状態で西に倒れ、その結果第三号柱と第四号柱間の高圧電線の二条または一条が本件納屋の屋根に触れ、雨で濡れた屋根藁を通つて二本の高圧電線相互間または高圧電線と地面間に短絡を生じ、その際の加熱によつて納屋の屋根藁が乾燥のうえ火を発し、火災となることが可能であることを認めることができる。

(3)(イ)  乙第二号証(電柱倒壊試験報告)中には、「秒速二〇メートル前後の東風の風圧では、第二号柱から第四号柱までの間の三条の高圧電線が健全な状態を保つている限り、第三号柱は、第二号柱および第四号柱を支えとする三条の高圧電線で上方に吊り上げられ、第三号柱と第四号柱間の高圧電線が本件納屋の屋根に触れる位置まで倒れることができない旨の記載があり、原審証人佐方淳の証言中にもみぎ実験結果を支持する供述があるけれども、いずれも、第二号柱および第四号柱が全然傾斜せず、第二号柱と第三号柱の立つている地面が同一平面であり、第二、第三号柱が全く腐蝕していない場合に関する実験の結果であることがみぎ書証および証言自体から明白であつて、実験の前提として想定された事実関係が本件の実際と全く異なる情況であるので、みぎ実験結果は本件についての判断の資料にはならない。

(ロ)  被控訴会社は第三号柱が折れて倒れても、高圧電線は納屋の屋根に届かないと主張するけれども、原審第一回検証の結果に徴すると、第三号柱が西向きに倒れた場合の同電柱の最も西寄りの高圧電線の留線部位の所在地点は、根元(No.3地点)から西へ7.50メートルの距離の地点(第三号柱が根元から三、四〇センチメートル上方で折れて折れ口から腕木の根元までの長さがそれだけ短くなるけれども、高圧電線が柱の中心から西寄りの腕木上に取り付けられていることによつて高圧電線の留線部位は3.40センチメートル以上西寄りに延長され、結局高圧電線の留線部位の所在地点は電柱の根元から7.50メートル以上となる。)であつて、これと第四号柱の所在地点とを直線で結ぶと、同直線は本件納屋上を横切り、第三号柱の倒壊した際の上端の位置が十分に低いときには、第三号柱と第四号柱間の高圧電線は同納屋の屋根に触れることが認められるから、被控訴会社のみぎ主張は採用できない。

(ハ)  被控訴会社は、高圧電線が納屋の屋根に触れて高圧電線相互間ないし高圧電線と地面間に電流の短絡が起きると、変電所の保安装置が作動して電流が遮断されるので、高圧電線の短絡により火災の発生することはあり得ないと主張するけれども、本件のような場合には保安装置が作動しないこともあることは前に述べたとおりであるので、被控訴会社のみぎ主張も採用できない。

(二)  本件火災が高圧電線の電流の短絡によつて生じたかどうかについて

(1)  先に判断したように、本件の場合には、本件火災の発生直前の状況下において、第三号柱が倒壊すること、みぎ倒壊により高圧電線が納屋の屋根に接触すること、およびみぎ接触により火災が発生することは、いずれも可能であり、理由一で判示したように本件火災発生後程なく延焼した母屋が燃えている頃には、すでにみぎ火災を発生させるに足りる状況、すなわち第二号柱が三〇度以上西南方に傾き、第三号柱が西方に倒れ、同柱と第四号柱間の高圧電線が納屋の屋根に接触する状況が生じていたのであるから、みぎ状況は本件火災発生前においても既に発生していて、本件火災の原因となつたことが推認される。

(2)  〈証拠〉によると、本件納屋は物置として使用され、人の居住等には使用されておらず、本件火災の発生した午前一、二時頃は暴風雨で本件納屋の内外に火の気がなかつたのに、本件の火災がみぎ納屋から発生したことが認められるのであり、

(3)  前認定のように、三条の高圧電線は西側から順次、第三号柱の南方9.48メートル、9.68メートルおよび16.24メートルの個所で切れていて、みぎ西側の二条の切断点は、原審第一回検証の結果によると、第三号柱が西方向に倒れる場合に高圧電線が納屋の屋根に触れる箇所、すなわち納屋の東北隅附近上に相当し、最も東側の一条は納屋の東南部上に当り、本件の火災が前述のように高圧電流の短絡によつて発生したとすれば各電線が熱によつて焼切られる位置に相当するのである。

以上の諸事情を総合すると、本件の火災は、強風による第三号柱の西方向への倒壊、みぎ倒壊による高圧電線の納屋の屋根への接触、みぎ接触による濡れた屋根藁を仲介として高圧電線相互間ないし高圧電線と地面間の高圧電流の短絡、みぎ短絡による屋根藁の加熱発火の順で発生したものと認定するのが相当である。

被控訴会社は本件火災が最初に発見された際には火災の炎は納屋の内部から破風口を通つて外部に向つて燃え上つていたから、火災は納屋の内部から発生したのであつて、従つて外部の高圧電流の短絡によつて発生したのではないと主張するが、本件の火災が高圧電線が納屋の藁屋根の東側に触れてみぎ接触点附近から発火した場合には、経験則上、発火点の炎の熱は強い東風によつて藁屋根の内側に吹き込まれ、濡れた藁屋根の外側を燃え拡がらないで、乾いた内側を燃え拡がり、その炎が再び破風口から外に噴き出すことになるわけであるから、火災の初頃に火災が破風口を通つて屋根内側から外側に向つて噴き出していたからと云つて、火災は屋根の外側で発火したものではないということはできない。この点に関する被控訴会社の主張は採用できない。

(三)  本件火災についての被控訴会社の責任

工作物の設置、保存に瑕疵があるときは、工作物の占有者又は所有者は、民法七一七条一項によつて賠償責任を負担するが、工作物の設置、保存の瑕疵によつて火災が生じた場合、失火責任に関する法律の適用を回つて解釈上の争いがある。当裁判所は、判例(大判昭和七年四月一一日民集一一巻六〇九頁、大判昭和八年五月一六日民集一二巻一一七八頁)にしたがい、みぎの場合には、民法七一七条と失火責任に関する法律がともに適用されると解するもので、したがつて、工作物の設置、保存に瑕疵があり、その瑕疵が重大な過失にもとづくとき、この瑕疵によつて生じた火災の損害に対し、工作物の占有者又は所有者は賠償義務を負担することになる。

この観点から本件を考究する。

第二号柱、第三号柱が被控訴会社の所有する工作物であり、この工作物が腐朽していたため、本件事故当日、雨風のため、たやすく第三号柱が倒壊したことは前認定のとおりであるから、被控訴会社所有の工作物に安全性を欠いていたことは明白であり、この安全性欠如は第二号柱、第三号柱を取り替えたり補強しなかつた被控訴会社の工作物保存上のものであるとしなければならない。そのうえ、三、三〇〇ボルトもある高圧電流の流れている電線は、人畜、建物等に接触するとき死亡、損傷、火災等の災害を発生せしめるおそれのある極めて危険なものであるから、このような高圧送電用電線の架線してある電柱の所有者としての被控訴会社は、このような電柱を多少の強風位では倒壊、傾斜しないように常に安全な状態に設置保存すべき注意義務を負つているにもかかわらず、第三号柱および第二号柱が前認定のとおり腐蝕するまで取替えもしないで放置し、特に腐蝕の甚だしかつた第三号柱に支柱、支線、副え木等による補強もしなかつたのは、前記の注意義務に違背する重過失のある不作為に当るというべきであつて、みぎ不作為により、第三号柱が倒壊し本件の火災を発生するに至らせたのであるから、みぎ火災について民法七一七条、失火責任に関する法律によつて責任を負わなければならない。《後略》(三上修 長瀬清澄 古崎慶長)

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